文楽に宿るルネサンスの可能性について考えてみました

投稿者: | 2018年5月9日

 

2012年に勃発した大弾圧「大阪市からの補助金見直し」事件を境に、文楽に対して吹く風はがらりと変わってきたのではないでしょうか。

こうした気運を受けて、文楽に“ルネサンス”が到来したのではないか、と指摘した記事が目に止まりました。

 

文楽、新時代に挑む 危機越え「ルネサンス」へ|日本経済新聞

 

そもそもルネサンスとは?

文楽の説明はもういいと思うので、ルネサンスのほうを説明しましょう。

この言葉は、15世紀前後のヨーロッパで起こった文化運動に使われたものです。

ギリシアやローマといった古代文化を復興のための規範として、新たな時代の文化につなげていこうというもの。

当時の経済的な中心を担っていた北イタリアから広がっていきました。

 

文楽におけるルネサンスって?

記事では、補助金見直し事件のほかにも、相次ぐ太夫の喪失が斯界を襲っていたこと、その危機感を振り払うように世代交代が盛んになってきたことを取り上げます。

2012年、橋下徹大阪市長(当時)が文楽協会への大阪市からの補助金を見直す方針を打ち出した。騒動のさなか、太夫の人間国宝、竹本住太夫が病に倒れ、一度は復帰したものの、14年に現役を引退。竹本源太夫(15年に死去)、豊竹嶋太夫も相次いで引退し、現在太夫の人間国宝は不在に。人形遣いでは16年に人間国宝の吉田文雀が亡くなるなど、ベテランが次々舞台から去り、次世代の育成が急務になっている。

 文楽関係者の危機感は強く、ここにきて世代交代の動きが広がってきた。今年1月に太夫の豊竹咲甫太夫が六代目竹本織太夫を襲名したのに続き、4月には人形遣いの吉田幸助が祖父の名跡の玉助を継いで五代目となる。15年に吉田玉女が二代目玉男、17年には豊竹英太夫(はなふさだゆう)が六代目呂太夫をそれぞれ襲名した。

ルネサンスという言葉は、文化的な底辺のパラダイムシフトがなければ使えないということを考えると、状況の変化や世代の循環ぐらいでこれを用いるのは少し早計かなと言う気がしないでもありません。

そもそも流行は行ったり来たりするもので、もちろんそのまま消えてしまうものだってあります。

消えずに戻そうという努力はあってしかるべきですが、そのすべてをルネサンスと呼ぶことはできない、ということですよね。

例えば文楽が、発祥当時の江戸時代における「なぜ人形遣いだったのか」「なぜその時代設定だったのか」「なぜその配役だったのか」といった事由を現代に置き換えた演目が登場して、“革新”がなされれば、それこそが“文楽のルネサンス”と呼ぶにふさわしい時代の到来でしょう。

 

まとめ

文楽が「人気の復興」という面ばかりに注力して、「文化の復興」という面がおざなりになっていることが、こうした矛盾を匂わせる原因になっていると思います。

パラダイムシフトが起きていないことは、“平成歌舞伎”のように“平成文楽”と呼ばれていないことが証明しているとも言えるでしょう。

継承されてきたすばらしい芸があるからこその、次代を生み出す担い手になってほしいという想いをもちながら、文楽ルネサンスと呼べるシーンが訪れることを待ちたいと思います。