2015年10月21日に行なわれた豊竹嶋大夫の引退会見の模様がアップされているので、引用させてもらいます。
引用:【中継録画】文楽・人間国宝の豊竹嶋大夫さん 引退会見全文|BLOGOS
司会:では、まず私の方から本日の発表につきまして、これまでの経緯を簡単にご説明もうしあげます。もう皆様、すでにご存知のように、人形浄瑠璃文楽座の大夫、重要無形文化財、豊竹嶋大夫師匠が来年の正月、私ども大阪での国立文楽劇場、それから2月の東京国立小劇場における文楽公演で甚だ残念ではございますが、舞台を退くこととなりましたので、本日はそのための記者会見でございます。
師匠につきましては、今月の中旬に文楽協会に対しまして、来年の正月、2月の文楽公演限りでというお話がありました。大阪ではすでに正月公演の準備をすすめさせていただきまして、演目が決定する矢先のことではございましたんですが、もちろん協議会、振興会などと協議をいたしまして、ご本人の意思を確認させて頂きまして、残念ながら本日、現役引退と発表の運びとなりました。
そして、大変申し訳ございません。正月公演の発表を控えておりましたこともありましてですね、私ども1月の演目につきまして、再度ただいま選定をしなおしており、もちろん嶋大夫師匠の引退披露公演を用意させて頂いて、正月の大阪での文楽公演、2月の東京での文楽公演、引退ご披露の予定とさせて頂きます。大阪、東京で引退公演をさせて頂くこと以外、詳細は未定でございます。まずご挨拶ということで、公益財団法人文楽協会の三田進一事務局長より、ごあいさつのほどよろしくお願いいたします。
三田:文楽協会の三田でございます。嶋大夫師匠は、昭和23年に豊竹呂太夫に入門。昭和30年退座されましたが、昭和43年、竹本春子大夫の門下として復帰され、八代 嶋大夫を襲名、のち、竹本越路大夫の門下となられました。平成6年からは大夫の最高位である切場語りとなられ、世話物を中心に、情感を込めた力いっぱいの語りで多くのファンを魅了してこられました。
先般、人間国宝の認定を受けられたところであり、このたび体力面の問題から引退を表明されましたことは残念でございますが、今後も引き続き持ち前の卓越した能力を発揮され、文楽の保存・継承に向けた後進の育成に鋭意取り組んでくださいますよう、お願いしたいと思います。
これまで長年にわたり積極的な舞台活動で文楽の発展、振興に多大のご尽力を賜りましたこと改めて感謝申し上げます。来年1月の大阪公演2月の東京公演を引退公演とすべく準備がすすめられていると伺っております、その節は存分に語っていただきますよう期待しております。本当に長い間おつかれさまでした。
司会:ありがとうございました。続きまして私ども独立行政法人、日本芸術文化振興会の水野英二理事より、ごあいさつを申し上げます。
水野:嶋大夫師匠は、大夫の最高峰の切り場語りとして、文楽をけん引してこられました。「本朝廿四孝の十種香の段」それから「鷓山姫捨松 中将姫雪責の段」などですね、艶のある語りは他の追随を許さないすばらしいものでございました。また「双蝶々曲輪日記」の「橋本の段」ではですね、駕籠かき甚衛と橋本治部右衛門という2人の老人がお互いの子供を救うために苦悩するという非常に難しいじだんを見事に語られましたことは皆様記憶に新しいことかと存じます。
一方で夏休みの親子劇場でございますけれども、木下順二作の戦後の新作「うりこひめとあまんじゃく」の語りには定評がございまして、我々大人だけでなく、小さなお子様たちにも文楽の楽しさを伝えていただけたとおもいます。このように舞台での活躍はもちろんのことですが、後進の指導にも積極的に取り組まれ弟子の育成はのみならず、多くの大夫、三味線弾きの指導をされ、これからの文楽にはなくてはならない存在でございます。師匠から引退のお話を頂いたのはごく最近のことでございまして、突然の申し出に正直ビックリいたしましたが、師匠の強いお気持ちを尊重させていただくことといたしました。
日本芸術文化振興会では、師匠の長年のご功績に感謝して、できうる限り引退公演を盛り上げて師匠に有終の美を飾っていただきたいと思います。引退をされた後も指導者として文楽に残っていただき、後進の育成をお願いしたいと思います。なお、発表間近でございました大阪公演はもう一度公演の演目を立て直して引退公演の発表をさせて頂く予定であります。
司会:それでは豊竹嶋大夫師匠にごあいさつを頂戴します。
嶋大夫:皆様お忙しい中、ご足労いただきまして、わたくしの引退のごあいさつをさせていただきます。心より感謝いたしております。長い間にわたりまして、皆様からも多大のご支援引き立てを頂きましたことを厚くあつく御礼申し上げます。ありがとうございました。
ただいま、お話にございました引退いたしましても、私は浄瑠璃に関係するよりほかに生きる道はございません。皆様方に変わらないご指導、ご鞭撻をお引き立てのほど、お願い申し上げる次第でございます。
また、言ってみれば身内でございますが、門弟たちも非常によく私の舞台を支えてくれました。私の引退の話にはさぞかしびっくりしていることとおもいますが、私は引退を考えたとき一番最初に頭に浮かんだのは、弟子たちの顔でした。弟子たちの顔が浮かんできまして、あぁみんなどういう思いでいてくれるかなぁと。私はこれからも引退しても、今までのように口うるさく、厳しく、指導はさせてもらえるのかなぁ。みんなよろしくたのみますね、という思いです。
大変重い責任だと自分でも思っております。自分だけが引退すればいいという問題ではないので、お預かりした弟子たちを私の命の続く限りは少しでも指導するのは当たり前なんですが、少しでも行く末を見守らせてもらって、早く立派な大夫に育ってくれるように。
それは常々思っていることなんですが、このたびのような状況になりますと、ひとしお弟子たちの顔が浮かびます。やっぱり私が元気で弟子たちと一緒に文楽座で頑張ってたんですが、浄瑠璃の修業にはタテはございませんので、全力を尽くしてみんなで修業に励んでいきたいと思います。私はなんとかがんばっていきますから、弟子さんたちのことをどうぞよろしくひとえにお願い申し上げる次第でございます。
私のつたないお礼の言葉でございますが、どうぞご理解くださいますように、本日はありがとうございました。御礼申し上げます。
司会:ありがとうございます。そうしましたら最後に質疑応答を数件させて頂きたいと思います。
──おつかれさまでございました。今回の引退を決意させたことですが、体力面の問題とおっしゃられました。師匠の口から理由と引退を決意された時期を教えていただけますでしょうか。
嶋大夫:えーと、体力については皆様がどうお考えになるかわかりませんが、いたって元気で、私現在83歳ですが、お医者様は切ったりはったりしてますけど、10年は若いかなとと言っていただいて。いつまでも若い気持ちは忘れないで、という。ですから、もう83だ、90が近いんだとかそんなことは毛頭ありません。
──引退を決められた最大の理由は?いつごろご自分の中で決断されたか?
嶋大夫:引退を決めた率直な理由は、あの~まぁそうですねえ、ちょっと前に年の割には若いんですよと。僕ももう年とったんだなぁ、引退が近いんだなぁとね、折に触れて思います。これは80くらいから、80になったころから、ですからもう3~4年前ころから、なんとなく、いろいろな状況も関係していますからね。
自分のこと、あるいは動き、いろんな状況、それと体力的にいつまでもやれない。いつまでもやれないんだなと思いますけど、だから明日はどうなんだというんではないですよ。まだまだ当分やれるなと、これはもう忘れてません。年いってもそれなりの芸ができると私は信じてる。年寄りにしか出来ない方法もあると思う。まあ猛烈に引退を考えはじめたということではないです。なんとなくですね。
──ファンの方にひと言お願いをしたいなと
嶋大夫:自分で思ってたよりもファンの方は相当心配されていると。どう心配されたかはわかりませんが、おっしゃることは皆さん同じで。お身体が悪いんじゃないですよね?と必ずおっしゃいました。うーん、まぁ、お年なんだけどお元気で舞台でのお声を聴かせていただくのを楽しみにしております、ファンはみんなそれを望んでいるとおっしゃって、今朝からずっと頂いてる。ありがたいことです。
──今までの舞台の中で特に印象に残ってる舞台とか教えて頂きたいんですけど
嶋大夫:印象に残っているというもので、私が21歳の時に四代目の呂大夫の興行で語らせて頂いたこと。大阪、東京、名古屋で披露していただきました。この時の思い、もう夢中で公演をやったんですけど、その、今になって思い出としたら一番強烈ですね。まだ21歳くらいですから。あんまり楽しい、浄瑠璃ってあんまり楽しい思い出はないんです。本当に。辛い思い出しかない、と思います。
みんなそうだと思うけど。あの時はみんな喜んでくれたんだとか、そんなことはないんで辛かったことばっかりの思い出が、皆さん良い思い出の方をお尋ねになるんでしょうが、やっぱり辛い方が、これはいつまでたっても今でもそうですが、年いけばいくほど辛くなってくる。わからない時は幸せです。わかりかけたら夜寝られない日々は何日もあります。まぁ宿命ですね。
──辛い中で大夫を今まで続けてこられたのはどういうものがあってでしょうか。
嶋大夫:辛いのに大好きなんです。浄瑠璃が大好きなんです。語ると辛いんですが、浄瑠璃そのものが大好きなんです。大好きだから15.6の時からこんな厳しい世界入って、途中でいっぺん10年ほど去りましたけど、それでも出てくるのが浄瑠璃なんです。だから、下手の横好きとかいうことわざありますけど、上手でねえ考え抜く方は体が持たないですよ。おそろしく難しいですから。化粧もしませんし衣装も着ませんし、体ひとつ口先で仕事するんですから、相当難しいことですね。
辛いのに好き——、この言葉を吐けるのは、継続という忍従を経た人だけなのでしょう。
重みを感じます。